2009年7月 9日 (木)

“もったいない”から“もう何もない”の時代へ

090709_170501_2 BOOK OFFで買った金百円也の本『もったいない』は、このブログを書くだけに読まれて「もったいない!」と言えるだろうか・・・。
かなり今年の夏は暑いが、クーラーをかけずに極力暮らすようにしている。その分、シャワーを何度か浴びて、涼しさを感じていたら意味がないような・・・。少々、分厚い肉襦袢を着ているとそれを脱ぐこともできず、夏までにもう少し痩せておけばよかったと後悔の念でいっぱい。寒いのはいくらでも服を重ね着して温かくすることができるが、暑い場合は裸になってもまだ暑さを感じるもので、その体の後ろ(背中)にあるジッパーを降ろして、人間着ぐるみを脱ぎ棄て、その中にある骸骨で過ごしたいほどの暑さには敵いません。

“もったいない”と言われようが、クーラーをガンガンかけて、何台かの扇風機をグルグルと回し、これでもかと言うぐらいに北極のアイスキャンディーの各種類にかぶりつき、映画『南極物語』等の清涼を感じるDVDをどんどん見て、昼食には外食に出かけるのが億劫にて、流しそうめんの如く、50メートル先の中華料理屋の屋上から私の部屋まで冷麺を竹の筒で流してもらえれば極楽なのだが・・・と幻覚に似た妄想が立て続けに頭をよぎる。

これって何の生産性も意味も持たないならば確実に“もったいない”と言われるのだろう。“もったいない(勿体無い)”とは、仏教用語の「物体(もったい)」を不定する語で、物の本来あるべき姿がなくなるのを惜しみ、嘆く気持ちをあらわしている。日本の民族信仰である古神道を源流とする神道においては「散る桜の花びら」や「吐息の一つ一つ」にまで命が宿るとされ、森羅万象に対して、慈しみや感謝の念をもって接してきた。その心根が「もったいない」という価値観の根底に流れている。もともと「不都合である」、「かたじけない」などの意味で使用されていたが、現在では一般的に「物の価値を十分に生かしきれておらず無駄になっている」状態やそのような状態にしてしまう行為を戒める意味で使用される日本語の単語である。

かなり難しい文面になってしまったが、これも“もったいぶって”書いたに過ぎず、その文章に意味も内容も無ければ、まさにこれを書いた時間、また読まれたあなたの時間までもが“もったいない”ということである(笑)。子どもの頃から何ら気にせずに“もったいない”と親やまわりの者に言われ、また自らも苦労して作り上げたものや買ったものが意味をもたなければ“あーぁ、もったいない”と嘆き、とてもくよくよしてしまったものである。この“もたいない”をカラオケ、マンガ、スシ、エキデン、オタク等の日本語と同じように世界共通の言葉として使われているようだ。

Wangari_maathai_potrait_by_martin_3 これを全世界に広めたのがケニア出身の環境保護活動家であるワンガリ・マータイさん(写真の人物)である。環境分野で初めてノーベル平和賞を受賞した人物でもある。2005年2月に京都議定書関連行事のため、毎日新聞の招聘により日本を訪問し、その時に初めて同社編集局長とのインタビューで“もったいない”という言葉を知ったのである。それ以後、彼女は自らが思いめぐらしていたものの、うってつけの言葉を得られずにいたその頃に、この“もったいない”に出会い、日本語のボキャブラリーの多様性と奥深さにあらためて感動したとのことである。かくしてマータイさんが行く先々で「MOTTAINAI」が紹介され、「MOTTAINAI・もったいない運動」が広がって言ったというのである。

2006年7月の滋賀県知事選挙に出馬した嘉田由紀子(元知事)は、巨額債務問題と無駄な公共工事の削減(特に粟東市に建設予定の東海道新幹線新駅建設凍結)を掲げて立候補、そのキャッチコピーとして「もったいない」を使用し、当選の後、現在も“もったいない県権”を継続して推進中である。確かに無駄をなくし、また意味のないことを許さず、ええ加減、だいたい、あいまい、とりあえず、概ね、按配、普通に、適当に、大目に見てよ、目をつぶって、見逃して、みんなやってるやん、なんで私だけが、ええやん、なんとか・・・などの中途半端によるものごとの捉え方に警鐘を鳴らしたと言える。確かに日本はこの曖昧さが人と人との付き合いには微妙な間となり、相手を気遣い、潤滑油の如く衝突を無くすものではあるが、国や地方行政において昨今の財政難であれば「とりあえず」は通らないのである。

ここからは、ノーベル平和賞受賞のワンガリー・マータイさんの「MOTTAINAI」の『3Rイニシアチブ閣僚会合』での挨拶文より彼女の捉える「MOTTAINAI」を紹会しよう・・・

●初めて日本語の「もったいない」の意味を知った時、世界へのメッセージとして大事な言葉だと直感しました。私はまず、もったいないの精神的なルーツにとても惹かれました。そして、長年、環境問題に取り組むなかで掲げてきた合事葉「3つのR」(リデュース・リユース・リサイクル)を、たった一言で言い表しているのが素晴らしいと思いました。私たちが住む地球は破壊に追い込む深刻な脅威を減らすには、資源の無駄遣いをなくし、使えるものは再利用し、そしてそうでないものはリサイクルするしかありません。

さて「3つのR」は実用的であり、先見性にたけたビジョンなのです。つまり、これは政府や企業にあてはまるだけでなく、また一方で、皆さんの地元や都道府県だけに限られるものでもありません。誰もが対象であり、私たち一人ひとりの生活のあらゆる面にあてはまるものです。「私になにができるの」と聞かれたら、私はいつも、「人間一人ひとりに変化を起こす力があるのよ!」と答えます。「3つのR」こそが、将来の世代へとつなぐ健康的できれいな世界をつくることに不可欠なのです。

「3つのR」を実行すると、ほかにもいいことがあります。例えばケニアでは、リサイクル可能な運搬用のバスケットへの需要が、新たな市場をつくり出します。そしてこのバスケットが正当な価格で取引された時、何千人もの人びとの暮らしを支えることができるのです。これは一つの例ですが、女性への恩恵は大きいのです。

私は、30年近く前、ケニアで7本の木を植えました。これがグリーンベルト運動のきっかけとなりました。その後、多くの女性(男性もいます)がケニア国じゅうに3000万本以上の木を植えてきました。そしてこの経験をアフリカの他の国とも分かち合っています。植林を通して、多くの人々が生活の糧を得ました。木は彼らに燃料を与え、食糧を与え、そして彼らの土地を侵食から守り、時として少ないながら生活費の足しとなっています。

これらの活動を通して私たちがわかった大切なことは、市民が力を持たなくてはいけない、ということです。私たちや子どもの望む生活を実現するために、環境を保護し、復旧活動に参加して欲しいのです。他人がどうにかしてくれるのを待っていてはいけません。
・・・以上、3Rイニシアチブ閣僚会合より

このようにマータイさんは、自分が唱えるところの3R(消費削減=リデュース、再使用=リユース、再生利用=リサイクル)や尊敬=リスペクトを一言で表す言葉を探していた際に、この「MOTTAINAI」に出会ったのである。確かに彼女の唱える環境問題に取り組む中で掲げて来た合言葉「3つのR」に適応した言葉ではあるが、日本人が古代より捉える森羅万象における畏れやもののあわれについての精神的意味を持つもので、海外にて一人歩きした日本語の勝手な解釈だけはしてほしくないのも事実である。スシやウドン、ニンジャ、サムライなども、うわべだけで捉えられているケースも多く、その根底に流れる精神世界、精神文化そのものも理解せずに、ただ日本らしいスシであればいい、またアクションばりのスパイや魔法使でのニンジャなど、とにかく日本ブームとしてコピーしようという考え方では本当の日本文化を知り得ないだろう。

360pxhyakkiyagyoemaki_tsukumogami_1 日本人は森羅万象そのものを擬人化し、道具や、一般に人格が認められることのない家畜・動植物・自然等に、神霊が宿り意志を持つといった価値観があり、戯画や漫画などの擬人化の一環として考えられ、現に妖怪の唐笠などは目・鼻・口・手足を持って描かれ、猫又などの動物の妖怪も存在する。つまりは付喪神(つくもがみ/または九十九神とも書く)が“もったいない=勿体無い”と関わりをもっているのである。人工の器物(道具)や建造物の他、動植物や自然の山河などに及ぶ。つくもがみは、必ずしも人に幸をもたらすとは限らず、禍をもたらすものであり、妖怪として語られることも多く、そしてつくもがみも同様に、作られて誕生して長い時間を経て、健在でありつづけた器物や生き物などには、霊魂が宿るとして「畏怖や畏敬の念を抱く」といった習慣・価値観は、日本に普遍的に存在するものである。そのために、針供養、ふぐ供養、または包丁塚、人形塚などもあるわけだ。まだ霊魂があるのにそれを壊し、また消失することで勿体(物)がなくなることを勿体無いというのである。

但し、現在は「もったいない」というイエローカード的言葉ではすまされない時期にきていると考える。資源の乏しい我国にあって、確実に地球規模で汚染され、エネルギー資源を掘り尽くす利権争いの国々が衝突や圧力をかける中、“もったいない、もったいない”というのではまだまだ屁温いように思える。もはや“もう何もない”と言うべき時期なんじゃないだろうか。何もないから我慢をしろではなく、日本人のものづくりの底力を信じ、創造性豊かに新たな資源を創り出す必要がある時期と言える。だから“もったいない”ではなく、“もう何もない”というレッドカードを出す時期にあるだろう。まだまだ、資源が備蓄しているし、金さえ出せば買えるだろうし、国(政府)や世界各国が何とかしてくれる・・・などと平和ボケな考え方は無くすべきで、“もう何もない”と言い切る時期が既に始まっているのも確かだ!
●参考資料:書籍『もったいない』(プラネット・リンク編/マガジンハウス)、フリー百科事典「ウィキペディア」より抜粋。

2009年7月 6日 (月)

パチンコ店放火はあまりにも自分勝手な犯行だ!

150pxpachinko_machine_dsc04789_2 誰がパチンコ屋そのものをフィーバーどころかファイヤーしろと言った。負けた腹いせの犯行とは本末顚倒もいいところだ。こんな輩はきっと地獄界にでも行き、自らがパチンコ玉になって針(釘)山地獄で延々と弾かれ続けるのだろう!今は被害者のご冥福とご回復をお祈りするばかりである・・・。
あまりにも分別が無さ過ぎる短絡的な犯行であり、幼稚じみた思考回路ながら多くの死傷者が出たことはまぎれもなく凶悪事件だ。裁判員制度が導入されて以後の凶悪犯罪として、きっと実刑にて裁かれるに違いない。これは7月5日(日)の夕刻、大阪市此花区のパチンコ店「cross(クロス)ニコニコ」に侵入した男が店内に液体をまき、火をつけて逃走した殺人・放火事件のことだ。逃げ遅れた客と店員の計4人が死亡、19人が負傷したという。

現場近くのホームセンターで事件直前、携帯用の赤いガソリン缶と青いバケツ、マッチを買った不審な男がいたことが6日、捜査関係者への取材で分かった。事件ではガソリンとみられる液体が使われ、青っぽいバケツの一部が現場に焼け残っており、此花署捜査本部はこの男が事件に関与した可能性があるとみて特定を急いでいる。店の外で赤いガソリン缶が見つかったことも新たに判明。男が購入し、犯行に使った缶とみて裏付け捜査している。

捜査関係者によると、店が放火される約45分前、30歳前後の常連客の男が、パチンコで数万円を負け、パチンコ台を叩くなどして店員に注意された後、店を出ていったのを、複数の客が目撃していた。「『注意した男が店に戻ってきて油をぶちまけた』と、店員が話していた」と客の一人が証言しており、府警は、パチンコに負けた腹いせに放火した疑いがあるとみて男の特定を急ぐとともに、現場周辺の防犯カメラの映像の分析を進めている。
一方、府警の捜査関係者によると、放火したとみられる男はやせ形で、黒色のTシャツにジーンズ姿、茶髪だったという。店内には、男が液体をまくために使ったとみられる水色のバケツが底の部分だけ焼け残っていた。府警は午後から遺体の司法解剖を行い、死因を詳しく調べるという。

Pk2009070602100150_size0 とにかく、以前にあったテレフォンクラブやインターネットカフェの放火殺人など、多くの人々が集まる遊戯的施設に自分勝手な思い込みで火を放つという犯罪行為は許されるものではない。またそんな行為が死者を出すことなど分かり切ったものであり、パチンコのやり過ぎでバーチャルな世界にいるように思い込み、人が死ぬ等とは分からなかったなどとの理由も通るはずもなく、短絡的ながら近くのホームセンターで犯行に使ったガソリン入れの容器やバケツ、マッチまで買い込み。当然、店内の防犯カメラにもその姿が撮られているのは確実で、このパチンコ店の常連という男だけに逮捕されるのは時間の問題である。

パチンコとは、ほぼ垂直に立つ多数の釘が打たれた盤面に、小さな剛球を弾き入れ、これを特定の入賞口に入れる遊戯(ゲーム)である。ただ、このように単純な遊戯だがギャンブルとしての意味合いが大きく、そこに多くの社会的問題がここ数年表だって出てきている。懐かしの人気アニメを採用したり、加山雄三や森田健作等の映画、ドラマなどをはじめ、石川さゆり、美空ひばり等の楽曲やキャラクターをパチンコ自体に取り込んだ新機種も生まれているが、短絡的にその利権(著作権、商品権など)でのビジネスとして売れれば言いという発想から、過去の思い出のドラマやアニメ、映画等がパチンコ機種に取り込まれるのもどうかと思える。まったくパチンコをしない者たちもいるわけで、パチンコに取り込まれた青春の思い出はなんか物悲しい限りだ。きっとマイケル・ジャクソンの「スルラー」などは、本当にパチンコ業界にとって欲しいコンテンツであることは確かだろう。

とにかくパチンコそのものが悪いわけでもないが、多くの事件がパチンコ店を舞台にして起こっているのも事実である。過去のパチンカー犯罪事件をまとめたサイトがあったので、そこから一部を引用すると以下のようなものがある・・・

●女子高生殺害:容疑者は強行後パチンコ(2002.07.26)
群馬県。女子高生殺害後、現金要求の電話をかけるまでのあいだ、容疑者(36歳)はパチンコ店で8時間半遊ぶ。

●熱射病:死亡女児の父親を逮捕(2002.04.23)
福井県。生後11カ月の女児を車内に放置して死なせる。父親(26歳)はパチンコをしていた。

●殺人:父殴って死なす、息子を逮捕(2002.01.27)
愛知県。パチンコで小遣いを使い果たした息子(44歳)が、父親(69歳)に金を無心。断られたために殺す。

●保護責任:両親を送検(2001.12.26)
横浜市。マンション火災で3歳と5ヵ月の姉妹が死亡。出火時、両親は幼い姉妹だけを残してパチンコ屋へ行っていた。

●幼児事故死:両親がパチンコ中、車にはねられる(2000.09.25)
鹿児島県。両親と一緒にパチンコに訪れていた4歳児童が車にはねられて死亡。両親はパチンコに夢中だった。


等など、これはほんの一部だが、まだまだ凶悪な事件からスリや偽装カード等の類まで数多く新聞を賑やかしている。パチンコそのものは法的に認められた風俗営業としての遊戯施設であることは確かだが、楽して金儲しようという輩が集まってくるために、どこかに負の気が集まっているのだろう。当然、勝てば喜びも一塩ながら、負ければ当然に持ち金が目減りするものであり、こんな不況の時代には、じゃぶじゃぶと金が有り余っているからパチンコでもしようなどというセレブは見当たらなく、そんなに金持ちなら海外のカジノで興じるのが当たり前と言える。とにかくパチンコは生活を賭けるものではなく、単に遊戯として楽しむべきところだと思うのだが・・・。

私的には生涯に一度、大学に入った時期に学生通りの駅前パチンコ屋に出掛てパチンコに興じたことがある。初めてという好奇心と無欲なスタンスから、どんどんと穴に玉が吸いこまれ、僅か500円程の所持金で5000円を稼ぎ出した。あまりに興奮し、簡単に儲けられたと喜んでパチンコ屋を後にして歩いていたとき、1万以上の真っサラの辞書と教科書を忘れてきたことに気づき、急いでそのパチンコ屋に戻ったが、そこにはもはや荷物は持ち去られ、逆に大損をした経験が、それ以後、2度とパチンコ屋の敷居を跨がないようになったのである。
笑い話だが、大学一回生の頃、ある友人が何本も書道用の墨を持っていて、それを硯で擦っている姿をよく目にした。あまりに不可思議なので「どうしたんや、その墨」と聞くと、パチンコの景品と言う。彼は、それを換金できることも知らず、何本かの墨と1本のヤクルトをもらって、ヤクルトを飲みながら墨の利用法を考えたそうだ。その後、彼はお決まりの書道部に入部し、パチンコから出た錆ではないが、あるコンクールで入選を果たしたという笑い話も残っている(笑)。

しかし、今回のパチンコ店の放火は、鬼平犯科帳好きな私からすれば、「畜生働き」(殺生や強姦を伴う盗みのこと)以下の行為にて、きっと火付盗賊改方長官の長谷川平蔵の軍門に下り、市中引き回しの上、獄門貼り付けの刑になると言える。長谷川平蔵が火付け盗賊改方長官であったのは1787年(天明7年)から1795年(寛政7年)まで。1783年(天明3年)の浅間山大噴火や折からの大飢餓による農作物の不作により、インフレが起こる。各地で打ち壊しが頻発し、世情は酷く不穏であった。このような経済不安から犯罪も増加し、凶悪化していった時期だった。まさに現在と類似する経済状況であり、今にこそ長谷川平蔵のような火付盗賊改方長官を置くべきであり、今回の事件を契機にパチンコそのものの存在理由を検証すべき時と思うのだが、いかがだろう・・・。
●参考資料:フリー百科事典「Wikipedia」、東京新聞(2009年07年06日夕刊)Web記事、YAHOO!ニュース・YOMIURI ONLINE記事(2009年07年06日12時05分配信)より引用。

2009年7月 5日 (日)

脳を知ることがプランニングの第一歩!

Ar_a 「感動する」ことが脳の活性には最も重要。その上で「意欲」が脳を刺激し、創造力を生み出すのである!
プランナーとして企画立案をするわけだが、そこには五感と共に第六感までも駆使し、さらには脳に記憶されるあらゆるデータやDNAの根底までも絞り出すようにアイディアを紡ぐ。それはコンピュータ操作やネットにて検索と共に様々なデータを呼び出すようにも思えるが、そのアイディアや思考の多くは感情的なものから生まれると言って過言ではない。確かに経験と言う脳にインプットされるデータ蓄積も重要ながら、また千本ノックのように若手の頃に先輩に鍛えられ、一人ブレストにて10秒に1本のアイディアを瞬時に絞り出すなどの特訓の成果もあるだろうが、重要なのはまぎれもなくその時の感情が大きな意味を持っていることが言える。

別段、人よりも優れたIQ(知能指数)を持っているでもなく、また芸術家のようなインスピレーションを持つものでもなく、どちらかと言うと喜びや苦しみ、また悲しみや怒りなどの感情から閃きを発するもので、企画書作成において一瞬、記憶喪失になったように気がつけばそこに打ち上がった企画書が完成しているというのが最も当てはまるのである。誰が作成したのだろうか・・・。自分が創ったという記憶すらも吹っ飛ぶほどに何かが自分に降りた、また憑依したような不思議な感覚の中で、私の脳は神秘的に、それでいて科学的に作用し、プランニング脳としての機能を働かせたと考える。

いつからか頭に帽子をかぶるようになった。どんな重要な会議にあっても、またオリエンテーションやプレゼン時においても帽子をかぶったままに失礼して参加している。誰も何も言わないようになっている。きっとハゲ隠しのためのものと思われてもいるだろう。確かにそれも一理あるが、実際は自らの商売道具である頭(脳)を保護するための頭巾のようなものである。たとえ事故にあって身体が不自由になり歩くこともできない状況にあっても、また手足を捥がれた状態にあっても、さらには首が動かない状態になったとしても脳さえ働くのであれば、私はプランナーをするつもりである。

つまり身体が亡くなった際に、まだ脳だけが機能していれば生命維持装置をつけて生き続け、そして脳から思考回路をコンピュータにつなぎ、その連動の中からさらなる企画書づくりができればいいと、SF小説のように真剣に考えている。それほどに私の脳はまだまだ使い切れておらず、一般に生前で使われる脳細胞は全体の5%と言えるだけに、残りの95%もの未開発・未使用のまま火葬されるのがあまりにももったいないわけだ。最近は脳死が法律改正にて注目されてもいるが、私の考えは従来の心とみなされていた心臓よりも、心という感情が働く脳こそが死に至らなければ人は軌跡を起こし、またとんでもない生命力で回復するかも分からないのである。まだまだ脳科学は研究の入口に入ったばかりであり、脳死判定を誰の権限でするというのだろうか・・・。

さてさて、プランナーとしての職種にある私は、さらなる企画やアイディアの質と表現を高める上で、自らの脳の仕組みについてかなりの関心を持っている。それは科学的な興味として、この神秘的な脳を知りたいという考え方もあるが、それよりも一人の人間として社会で生きていくために、どのように脳を使えばいいのか。脳の機能をどうやって引き出せばいいのか。そういうことにすごく関心を持っている。特に心が宿る場所として、脳は人間の存在そのものだと言ってもいいわけで、従来のように心は胸(心臓)にあると信じられてきた間違いに気づき、脳こそが心である思考であると分かったのである。だから脳科学は、様々な心理的なものや身体的な動作や疾病における免疫を高めるものにおいても重要なのである。

そして脳はコンピュータとして知能をつかさどる臓器であるとされていたものが、1990年代になって、アメリカの研究者を中心に「脳の世紀」というプログラムが立ちあげられ、コンピュータ的な概念でとらえるのではなく、より広い視点から人間の脳を捉えていく動きに変わったとされる。

日本での話題になったEQ(心の知能指数)。人間が生きていくためにはIQだけでなく、EQというものがとても大事だと言われ始めている。研究者のコミュニティでも、それに相当する主張が注目されるようになった。人間の脳の働きは従来、記憶を蓄えたり計算をしたり、あるいは論理的な思考をしたりするものだと思われてきた。しかし感情や気持ちの持ち方というものに、実は脳の働きが深くかかわっていることが分かったわけである。

先にも書いたように私はIQ(知能指数)が特に優れているわけでもなく、どちらかと言うとEQ(心の知能指数)によってプランナーであり続けているように思える。つまり無から有を作るという創造性において、IQではなくEQを使っているのである。それは左脳ではなく右脳を使うようにイマージネーションや妄想、幻覚、空想などが発想に影響を与え、現在から過去へ、そして過去から未来へと脳内空間を思考が飛びまわり、新たな創造性を生み出すのだと考える。その創造性の源になるのが「意欲」だと言うのである。これは著書『感動する脳』(PHP文庫)の著者で脳科学者の茂木健一郎氏が本文に書いている。それによると・・・

●こうした創造性の源になるものは何か。私は「意欲」であると思っています。どんな意義ある職業に就いていても、どんな責任ある立場を与えられていたとしても、意欲がなければいかなる創造性も生まれません。反対に、意欲さえ持っていれば、どんどんと創造力はついてくる。そして脳の機能もまた、意欲を持つことで高まっていくと考えられているのです。

●「やる気がある」「やる気がない」などという言い方をして、精神論的にとらえる傾向がありました。しかし最近の脳科学の研究では、この“やる気”こそが脳の機能を高めることが分かってきた。つまり意欲を持つことの大切さは決して精神論などではなく、非常に科学的根拠のあるものとして考えられるようになってきたのです。

●また創造の天才と言われる人たちをよく見ると、彼らは決してカンや偶然に頼ったりはしていないものです。自らの体験と知識を上手に活かしている。基礎がないところからは何も生まれないのです。要するに、努力によってたくさんの情報を側頭葉に蓄積するのが秀才で、それを前頭葉によって創造力に変えていくのが天才ということになるでしょうか。目標や意欲なくして天才は生まれないのです。


以上のように創造性は「意欲」から生み出されるというのが分かる。当然にして“体験×意欲”というものが大事であり、プランニング作業にあってもそのことが言えるだろう。そして、この意欲を引き出すためにも、またエネルギーを生み出すためにも、「感動する」ということが最も重要なファクターであると言われている。素晴らしいものに出会った時、未知の体験をした時、人間の脳は感動を覚える。それは本能的にもっているもので、「褒められる」「喜ばれる」などの企画や仕事の出来栄えを評価されることで感動が生まれ、次なる仕事への意欲が高まることが脳科学としても的を得ているわけだ。

250pxsakuma_drops 現在、毎週土曜の7時56分~8時54分までの間で、TBS系ドラマ『MR.BRAIN」』(主演:木村拓哉)がヒットしているが、この主人公は脳科学者で難解事件を脳科学の見地で解決していくもので、脳の仕組みや思考の在り方が解説され、とても興味深く番組を見ている。そのドラマで脳の栄養分は糖分(ブドウ糖)だと言い、登場人物がバナナや飴などを食べているシーンが多く登場するが、確かに私も仕事の合間の疲れた際に甘い物を取るため、最近は少々オセロの中島のようになりつつある。ドラマのPRで七夕の短冊に中島が書いた願いは「これ以上(体重が)増えないように」だった(笑)。もし、私が短冊に願いを書くならば・・・「いま以上(未使用の脳細胞の活用が)増えますように」だろうと思っている。
●参考文献:「感動する脳」(茂木健一郎著/PHP文庫)より引用。

2009年7月 4日 (土)

下手な外交や防衛よりもジャパニメに期待する!

090704_084401 平和ボケの著しい国・日本、外交(政治)や貿易(経済)も言いたい事を言えずに苦悩するばかりでは何も生まれない。まさにエヴァンゲリヲンの主人公・碇シンジのように「なぜ日本人でいるのか?」という声すら今の若者から聞こえて来そうだ・・・。
毎度、毎度、金太郎飴でもあるまし、変わり映えしない指導力のない総理ばかりが続く。低空飛行支持率の政治が続き、内閣支持率や総理大臣支持率とうんざりさせられることが多い。また野党も同じ顔ぶれが党首として並ぶだけで、与野党の攻防ばかりであり、政権交代とゴモクを並べ、どこまで国民目線でいるかも分から無いと言ったところ。自分から喜んで出馬する政治家よりも裁判員制度のように国民参加にて行ってみてはどうか・・・。そう数期も同じ地盤で政治家であることよりも、どんどんと国替え(地盤替え)や政治家そのものを自治会の役員並みに数年で交代すべきと思うがいかがだろう。まさに江戸幕府のようにお家断絶は御免とばかり、上の顔色を見て政治がおこなわれ、汚職、権力乱用・・・どうも時代劇に出てくる悪大名にベテラン政治家は見えて仕方がない。政治家が悪代官なら悪商人としての代官に媚び入る企業や、その悪代官の上を行く悪党と言える霞ヶ関あたりの役人もいるのも事実。まさに幕末を思わせる明治維新を望むように本当の国民主権の時代が来てもらいたいものだ。だから、国民は非現実なバーチャル世界に正義なる政治や強気の外交・防衛を求めていると言える。

Gnj0907040503010p13 ニートやフリーター、果てはリストラ、派遣切りの若者は、AKIBA族なみのバーチャル世界に逃げ込み、そんなアニメ・漫画をこよなく愛する現職・総理大臣の触れ込みに一度は応援する気にもなったが、やはり政治家から生まれた政治家、庶民感覚を見せてはいても、不況下の底辺に喘ぎながら明日に夢がもてない世代の心の声も届かないのはあたりまえかもしれない。そんな政治・外交に任せられないと、我が国の主力輸出品となったアニメ、ゲーム等のコンテンツビジネスが頑張っている。日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、平成19年の米国での日本アニメの市場規模は約28億ドルで、ピークだった15年の48億ドルから約4割も減ったが、まだまだその戦略において市場開拓は望めると言える。

Gnj0907040503010p6_2 日本のアニメおたくに限らず世界のジャパニメの聖地と呼べる秋葉原を本拠地とするアイドル集団「AKB48」が、7月3日にパリ郊外で開催されている欧州最大規模の日本フェスティバル「ジャパンエキスポ2009」でライブを行い、日本文化の発信に一役買った。エキスポ会場の専用ステージに登場した選抜メンバー16人は、フランス語を使って自己紹介した後、「大声ダイヤモンド」など10曲を約1時間にわたり激しいダンスで熱唱。日本語の歌にもかかわらず、地元のパリっ子をはじめ、欧州各地から駆け付けた多くのファンは総立ちとなり、会場は熱気に包まれたと言う。今後、AKBは本格的な海外進出として今回の初ライブの成功を受けて、9月に米ニューヨーク、10月にはフランス・カンヌでもライブが計画されているそうだ。これって、戦前にあった宝塚歌劇団の海外公演の成功と同じく、日本の女性だけのメルヘンチックなミュージカルの世界を不思議と共にバーチャルに受け入れた時のように、今回もバーチャルなアニメ世界の中からヒロインが飛び出したようなステージを、多くの外国人ジャパニメ世代が歓迎しているからに他ならない。

日本のアニメ界の祖とも言える「鉄腕アトム」等の名作を生みだした手塚治虫が、幼少より観劇し、また多大なる影響を受けた宝塚歌劇団の海外公演から、今やそのアニメから生まれた美少女キャラクターそのままの「AKB48」の海外進出は面白い現象になりつつある。そこには、近年海外におけるライブを決行、成功させているアニメソングを歌うアニメ歌手の存在も注目しなければならない。特に水木一郎、堀江美都子などの功績は大きく、かれらが日本語アニメソングを歌った場合でも、日本アニメに幼少より触れて来た海外のアニメおたくにおいて生歌との遭遇は、そのアニメから受けた感動の1シーン、1シーンが甦るもので、下手なロック歌手やポップス歌手よりもライブが盛り上がるという。

さてさて海外のジャパニメに注目する中、国内に目を向けると日本アニメを代表する巨大ロボットアニメの主役たちが、そのままの原寸で東西で出現してきている。東は東京・お台場の潮風公園に出現した“巨大ガンダム”で、アニメ『機動戦士ガンダム』のテレビ放映30周年を記念したもので、高さ約18㍍はアニメの設定と同じだと言う。7月11日~8月31日に無料公開されるが、待ちきれない人々がすでに現地を訪れて、ブログでも話題になっている。

Std_2 また、西はJR新長田駅南地区の若松公園(神戸市長田区)に7月下旬から組み立てが始まり、9月下旬に完成を見るのが神戸市出身の漫画家横山光輝の代表作『鉄人28号』の原寸大モニュメントである。アニメ版と同じ高さの18㍍であり、たまたまガンダムと同じ高さになっている。地元の商店主らが「阪神・淡路大震災で大きな被害を受けて再開発が進む街の起爆剤に」と企画し、06年に計画を発表した。総工費は1億3500万円で、神戸市が07年度予算で4500万円を補助し、残りは企業や個人から協賛金を募ったそうだ。たしかに団塊世代の子供の頃には『鉄人28号』は大人気で、グリコの提供によるオープニングを思い出す世代も多いが、ガンダム世代やエヴァンゲリヲン世代など、若年世代によっては単なる巨大ロボットと見られるのがオチではあるまいか?

とにかく日本のアニメファンは、このような巨大ロボットが好きなのである。そのロボットのコックピットに人間が入り、それを操作し、得体の知れない悪の組織や宇宙からの侵略者と闘うストーリーがたまらなくこころの琴線に触れるのである。昨夜の日本テレビ系の金曜ロードショーでは『エヴァンゲリヲン新劇場版:序・TV版』が放映されたが、これこそがそれら日本アニメの巨大ロボットにおける現時点での到達点と言える。

ここで少し、おさらいであるが『新世紀エヴァンゲリヲン』のストーリーを紹介すると・・・
090704_084201 ●西暦2000年に起こったセカンド・インパクトによって壊滅していた世界も、ようやく復興の兆しを見せていた。そして2015年、第三新東京市。14歳の少年・碇シンジは、長年別居していた特務機関ネルフの司令官である父の命令で、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリヲン初号機に搭乗し、使徒と呼ばれる正体不明の敵と戦うことになる。
マニア好みのツボを押えながら、第1話の綾波レイ(女性キャラ)の眼帯+包帯姿、を代表とする凄まじいシチュエーションが話題をさらい、放映終了後も人気を持続している作品だ。使徒とは、エヴァンゲリヲンとは?といった謎を解いていくことにとどまらず、主人公である14歳の少年少女の微妙な心の動きや自我の目覚め、不安定な内面世界を、詩的な映像によって描き出すことに成功している。


つまり初期の巨大ロボットアニメと異質に思えるエヴァンゲイヲンだが、そこに到達するまでの様々な巨大ロボットや革新的戦闘ものの影響を受けているのも事実である。『宇宙戦艦ヤマト』の革新性、『機動戦士ガンダム』のリアリズム、『超時空要塞マクロス』の若さと力、『風の谷のナウシカ』の監督主義・・・これらのエッセンスを凝縮した90年代の傑作と言える。特にエヴァンゲリヲンは、単なる正義のために戦うぞ!と勇ましく戦うシーンを描くものではなく、思春期の主人公が「なぜ戦うのか」「なぜ生きるのか」「自分は必要な存在なのか」「自分は愛されているのか」・・・など自問を繰り返し、拒絶しつつも逃げることもできず、自分の居場所であるエヴァンゲリヲンの中に乗り込むというもの。現代人も同じ悩みを抱え、働く人々の約7割以上がなんらかの精神を病んでおり、年間に3万人を超える自殺者があることを考えても碇シンジのように逃げ場もなく職場に通っているだけの者も多いと言えるだろう。「本当に私たちはこの国(日本)に生まれたかったのだろうか・・・」との声も聞こえそうだ!

ところでわけのわからない国が、我が国に向けてミサイルを装備し、さらには核開発にて恐怖と恫喝を繰り返しているが、今回の東京の巨大ガンダムや神戸の鉄人28号はモニュメントと思いきや、まったく予期せぬ秘密兵器であり、飛んできたミサイルを抱きかかえて、それを撃ち込んだ国にお返しに上がるようにコンピュータ制御された優れモノである。まだロケット型のミサイルを作っていては時代遅れも甚だしい、いまやガンダムやエヴァンゲリヲンのように巨大ロボットが兵器となり、その中に人が入って操縦することで戦うことを想定している。それは単に敵国にあらず、宇宙からの侵略者でもあり、すでに国防筋において取り組まれていてもおかしくないはず。まさに2015年の第三新東京市には、あのようなエヴァンゲリヲンが地底基地要塞から地上に飛び出して来るのであるから、万一、東京オリンピックが開催される2016年は、地底からスイッチ一つで地上に各競技場が出現し、東京五輪で見せた自衛隊の航空機が五輪を色彩のジェット噴射で描いたように、鉄人28号、勇者ライディーン、ガンダム、マクロス、そしてエヴァンゲリヲンが合体しての五輪を描くのだろう・・・(笑)
●参考資料:神戸新聞NEWS記事、@niftyココログ記事、sanspo.com記事、『別冊宝島293ジャンル別ベストセレクション100』から引用。

2009年7月 2日 (木)

伝説の甘党イベントチームが存在する!

08procan1 単に甘党だけではなく、疲労回復とリラックス効果を狙っての医学的根拠のある甘党イベントチームなのである。無意味な緊張感や恐怖感すらも払拭し、秒単位で進む式典セレモニー等のイベントの現場で好結果を生み続けている!
だいたいがイベント現場を終えると打ち上げと称してスタッフやMC(司会者)等が酒場に繰り出し、ビールやチューハイ、ワインにて「乾杯!」と言うのが一般的だろう。特にコンサートやファッションショーなどの現場は極度の緊張感に包まれ、イベントをやり遂げた開放感からアルコールとたばこに依存し、一気にクールダウンするのが常である。しかし、いくつものイベントチームにあって、打ち上げにチョコパーやプリンアラモード、フルーツフラッペなど、思いっきり甘党が集まったチームも珍しいのだが、当方の最強ブレーンたちはこの打ち上げを何度も経験してきている。初めて参加したMCやスタッフも、テーブルいっぱいに並べられるデザート系のオンパレードには仰天であり、慣れ親しんだスタッフは「いつものこと」と平然として、それぞれにアイスクリームやケーキを頬張りながら、各自のイベント哲学や理論をおもしろおかしく話している。
たしかに生ビールのジョッキーで乾杯し、のどごしすっきりと「この一杯で俺は生きてることを実感する」「この一杯のビールの味のために今日は頑張った」と飲み干す酒の席が一般的だと思うが、どうも私のイベントチームはそんな常識は非常識とばかりに、童心に帰ってジャンボパッフェという巨大バケツ程の大きさのチョコパーをみんなでまわし食べしているのである。このメンバーで最近揃うのも稀になってきているが、どんな緊張感と秒単位で進める厳格な式典セレモニーを進行していても、そこにはお互いの信頼関係と多くの経験が飛び交っているのである。

私のイベントにおけるモットーは、「いつ始まったか分からないうちに、スムーズなプログラムでの開演を迎え、なんら問題のないままに閉演を迎えることである」、さらには「アクシデントは御馳走であり、それを皆でいかに解決し、お客様には悟られずに何もない顔をして、イベントを終えられるかである」と考えている。この業界で最初に入ったプロデュース会社にあって、様々なイベント現場を体験し、その多くはプロデューサー、チーフディレクター、舞台監督(ぶた監)と称する業界の先輩にこれ以上の緊張感がないほどに圧迫を感じさせられ、失敗したら命がないものと驚かされ、そしてインカム(トランシーバー)から次々と指示が飛ぶ。このプロフェッショナルと言える現場も、あまりの緊張感で失敗し、怒られるという同僚や新人君の姿を見るたびに、なんか違うだろうと感じていたのも事実である。確かに緊張感は無いよりもあった方がいいに決まっている。それが他の音響・照明、特殊効果、映像や大道具等のスタッフに連鎖したり、さらには出演者であるゲストやMCにも影響を与えることになる場合もある。“失敗は許されないんだ!”という空気そのものがあったと言える。

もし自分で構成・演出、舞台進行を行う場合には、その鬼気迫るような緊張感を極力なくし、リラックスした状況の中で自分たちスタッフも楽しめる現場を志すことにしたのである。お客様を喜ばせるための現場、それに命を賭けているというスタイルばかりの緊張の現場よりも、出演者から裏方のスタッフ一人ひとりが楽しんでイベントを作っているという方が、元来の“祭り”の姿でもある。日本神話に描かれる日本人の陽気を楽しむというスタンスにて、天岩戸に隠れたアマテラスオオミカミを皆が唄い、踊りを楽しむところを披露し、姿を現す切っ掛けを作ったように、舞台から見えないところにいる末端のスタッフまで変な緊張感を抱かせず、イベントを楽しんでいることが場内の空気感までも変えられると考えたからである。

イベント現場、特に舞台を伴う現場にあっては、そのキャスト、スタッフの控室にこそ当日の成否が存在している。そのため、私のイベント現場には甘いものがかなり用意されている。つまり弁当をはじめケータリングとしての菓子、ドリンク類に関するこだわりが半端じゃないと言える。イベントの見積りの中に雑費(ケータリング)費用に計上すれば、主催者側はそんなに菓子類が控室等に必要ではないとカットされることも度々あるが、必要なものは必要であると自ら出費しても用意するのがチョコレートやキャンディー類である。特にキャストの緊張感を和らげてリラックスする要素とMC等の声のコンディションを整える部分では必要不可欠である。何よりも糖分における脳の疲労回復とリラックス効果がもっとも科学的に実証されているからだ。

Ch07 特にチョコレートは当初、兵士の疲労回復のための飲料とされていた。それ以前のチョコレートのルーツとして中南米でカカオ飲料として親しまれ、大航海時代にスペインを経由してヨーロッパへ渡った。チョコレートに砂糖を加えるようになって貴婦人の間に広まり、固形に加工されたチョコレートが出回ったのは19世紀のこと。細胞を傷つけ、体をサビつかせる要因の活性酸素があり、チョコレートはその活性酸素を抑える抗酸化物質のポリフェノールを多く含み、脂質の酸化を防止してコレステロール値を下げ、高血圧や動脈硬化、ガンの予防に効果が見込める。さらにチョコレートはリラックス効果を促すカフェインや、アルカロイドの一種であるテオブロミンも多く含むため、疲れた時に食べると効果的である。またチョコレートの原料であるカカオに含まれるココアパウダーはマグネシウムやカリウム、亜鉛、鉄などのミネラルが豊富だと喜べるが、100g当たり557kcalとエネルギーが高いため、食べすぎには注意が必要である。

とにかくチョコレートやキャンディー類は必ず用意されているが、毎回テーマがあって「駄菓子デー」「洋ものデー(輸入菓子)」「和菓子デー」「クッキーデー」など、様々な茶菓子が控室に用意されている。同時に各スタッフや関係者からの差し入れもあり、気がつけばどれをどう食べればいいか迷うほどで、通常は作業の合間に一口チョコレートを口に投げ込むか、またはキャンディーやラムネを口内でころがすかである。但し、ガムはご法度である。野球選手でもあるまいし、口をクチャクチャしながらのリハーサルや本番進行は見た目もよくないし、逆にリラックスしすぎでもある。また駄菓子の糸ひきあめも口から糸が飛び出しているので、どうもだらしなく見えてしまうので御注意願いたい。まぁ、そんな間抜けな連中もいないだろうが・・・(笑)。

Kokoa 特に駄菓子を用意する場合、これが世代によってとんでもなくギャップを感じることになるので厳選すべきである。ベッコー飴、あんず飴、きなこ飴、ボンタンアメ、餅太郎、ソーズせんべい、ベビースターラーメン、らあめんババァ、のしいか、甘いか太郎、すこんぶ、都こんぶ、すももくん、ラスク、ミルクせんべい、ポンせん、するめジャッキー、ビッグカツ、クッピーラムネ、チロルチョコ、麦チョコ、花串カステラ、ココアシガレット、プチガム、セコイヤチョコレート、うまい棒、チョコバット、クッピーラムネ等々とあるが、若いスタッフに買い出しをお願いするとどうもキャラクター付き駄菓子や、さらにはAの粉に水を入れて、Bの粉を混ぜて練り込む、そして最後にCのチョコチップをトッピングして・・・などと、まさに化学実験なみのわけのわからないお菓子まである始末。舞台進行の慌ただしい時間の中で、駄菓子のためにいらぬ頭をつかうのだけはご勘弁願いたい(笑)。

Bread_23_2 特に控室に用意する御菓子の定番は、何と言ってもグリコのGABAという缶に入ったチョコレートに、三立製菓の源氏パイ、不二家のLOOKチョコレート(小学校の頃の遠足のおやつの定番)、森永製菓のビスケットのチョイス、ムーンライトにエンゼルパイ、ブルボンのルマンド、ホワイトロリータ、バームロール等である。時には洒落で三立製菓のトランプやかにぱん、前田製菓のクラッカーなども用意し、作業の途中にて小腹が空いた時に食べられるようにセッティングし、懐かしさと面白さで控室からキャストやスタッフのテンションをあげている。まぁ、自分が好きな物をぜいたくに控室におきたいだけとの外野からの声もあるが、何もない控室よりマシである。

以前、某新聞社のイベントで担当者が新人だった時、「イベントの弁当はどんなものがよいのでしょうか?」と質問され、冗談のつもりで「そうですね。だいたいが三段重ねになっており、尾頭付きの鯛、さらには豪華伊勢えび、ごはんはお祝い事でお赤飯、そして寿と書いた大きめの羊羹があると文句なしで、キャスト、スタッフの士気が上がること間違いありません」と言ったら、本当にイベント当日に届けられた弁当が三段重ねの寿と書かれた羊羹が入ってあり、皆が驚いた伝説的な現場となった。あまりに豪華過ぎて、何人かのスタッフはその場で箸をつけずお持ち帰りしていたのには笑った(笑)。とにかくイベントは、何も参加いただくお客様だけのものではなく、キャストやスタッフにとっても楽しく、また満腹なほど幸福なひとときでなければならず、胃に弁当を入れるということで“イ(胃)ベント(弁当)=EVET”なのだから。また、どこかで伝説の甘党イベントチームが企画運営する“胃弁当”をご期待いただき、まずはスイートな夢の企画を描く日々である・・・。

2009年6月26日 (金)

マイケル・ジャクソンの死に触れて・・・

081120_164401 20世紀のUSが生んだ世界的大スターであることは事実で、またスリラーの如く、墓場から蘇ってゾンビ・ダンスを見せて欲しいものだ!
寝苦しい夜を過ごし、いつもより早めに起きてテレビをつけてみたら、突然の臨時ニュースで「マイケル・ジャクソンが心肺停止で病院に運ばれた!」との第一報が飛び込んで来た。先の東京マラソンで心肺停止状態になったタレントの松村邦洋ではあるまいし、肥満の状態で過激な運動をしたものでもなく、その原因も報告されないままに第一報のニュースはもたらされた。続いて、二度目の情報はロサンゼルスの自宅で心臓発作を起こし、呼吸が停止した状態で搬送されたが、まもなく死亡が確認された・・・、との衝撃的なものだった。アメリカ音楽界で「ポップスの王様(キング・オブ・ポップ)」と称賛されたスターであり、彼の突然の死は、アメリカのメディアのトップニュースを飾り、さらには世界中へと一気に情報がもたらされた。

私とは同世代であり、1958年にアメリカ合衆国のインディアナ州ゲーリー生まれ。8歳の時に、兄弟5人で「ジャクソン・ファイブ」を結成。69年にリードボーカルを務めたメジャーデビュー曲「帰ってほしいの」が全米ヒットチャート1位を獲得、不世出の天才児と騒がれた。まさに日本で言うフィンガーファイブの玉元晃(あきら)のような存在ながら、スケールが全然違いすぎている。(なんのこっちゃ・・・です)

71年、ソロデビューを果たし、プロデューサーのクインシー・ジョーンズ氏と組んだアルバム「オフ・ザ・ウォール」(79年)などヒット作を連発。「今夜はビート・イット」や「ビリー・ジーン」などを含む82年のアルバム「スリラー」は全世界で1億枚以上を売り上げ、ギネスブックで「世界で最も売れたアルバム」に認定された。

まさにジャクソン・ファイブの黒人少年が、皮膚の色を脱色し、また美容整形を幾度と繰り返し、気がついたらあのマイケル・ジャクソンになっていたのである。特に思い出されるのが強烈なダンスの巧さであり、ムーンウォークという月面を歩くような踊りを生み出し、よく真似て踊ってもみたが月面を歩くどころか、ぬかるみの中で麦踏みでもしているような奇妙な踊りしかできず、特に野外で後ろ向きにムーンウォークをすれば、そのまま止まっていた車に腰をぶつけた経験もある。最近ではストリートダンスをする若者なら、いとも簡単にこなすんだろうが、一昔前は大変だったということだ(笑)。

さて、このムーンウォークで思い出すのがホームタウン・エクスプレスで、東海旅客鉄道(JR東海)が1988年10月~12月まで展開していたCMである。キャッチコピーは「会うのが一番」というもので広告代理店の電通が制作した。特に「X'mas編」は、翌年以降制作された「クリスマス・エクスプレス」シリーズの事実上の第1作とされている。このシリーズで人気を博したのが、当時17歳の牧瀬里穂が出演し、クリスマスイブに故郷に帰ってくる彼の到着時間に遅れまいと駅の改札口まで走るというストリーと共に、テーマ曲になった山下達郎の『クリスマス・イブ』がよりロマンチックな雰囲気を醸しだしたあのCM(1989年12月)を記憶にあるだろうが、その1年前(1988年12月)の深津絵里が彼女役で出演したものが実質の最初の「X’mas編」であり、そこに演出として使われているのがムーンウォークである。

060629xmasexpress 蛍光灯の光が冷たくメタリックな雰囲気を漂わせるホームと、主人公の女性の口紅、スカートの赤い模様が鮮やかなコントラストを見せるように演出。音楽は、山下達郎の『クリスマス・イブ』が流れ、撮影は11月の深夜に行われ大部分を名古屋駅16番ホーム、乗客が新幹線から降りてくる場面を岐阜羽島駅で行っている。主人公の女性は、当時15歳の深津絵里(当時、高原里絵)を起用。撮影は高熱を出しながらも撮影に臨んだため、化粧を厚めにしていた。

物語は、離れ離れにて遠距離にあった彼氏を、クリスマス・イブの日に駅のプラットホームで待っていたが、列車から降りてきた乗客の中から彼を見つけられず、「乗っていなかった」とベソをかいていたら。突然、プレゼントの包みがプラットホームの柱からにゅっと突き出され、そのままに彼氏が後ろ向きにムーンウォークで現れ、また柱の影に後ろ向きにムーンウォークで隠れるといった光景が彼女の目に飛び込む。涙をぬぐいながら、彼の存在を確認し、意地悪な彼の行為を知りながらも徐々に嬉しさを表情に表わすといった演出が、山下の歌声「雨は夜更けすぎに雪へとかわるだろう・・・」で盛り上げてくれる。

すごく長いフリだったが、ようするにこのCMのムーンウォークが今回のマイケル・ジャクソンの悲報を聞いてまず頭に思い出されたのである。ちなみに、このムーンウォークを踊る男性はジャニーズJr.出身の当時23歳の武口明が担当し、それ以外の相手役を19歳の鶴田史郎が担当した。きっとYou Tubeでも「JR東海 クリスマス・エクスプレスCM」で検索すれば見られるだろうから、チェックされることをお勧めする。

私ごとながら、1984年頃に業界の先輩と創った広告制作会社の頃、某広告代理店からの依頼でたばこのプロモーションを受注し、大阪ミナミの若者の街・アメリカ村でそのキャンペーンを実施している。派出所の横に三角公園があり、通りを挟んでその南隣に〇〇流というたこ焼き屋さんがあって、その建物の階上の壁面をお借りして一つの大仕掛けをおこなった。

そこに大きな看板を設置し、最初は「?」の文字しかなく、日を追うごとにジグソーパスルのピースがはめ込まれ、数日をかけて1枚の絵柄が登場する仕掛けである。その間にも、キャンペーンカーがアメリカ村を走り、ステッカーが各店舗に配られ、たばこの吸い殻等のゴミ拾いに参加すれば腰に手を当てて牛乳を飲むイベント等も行い、その数日間のうちに大きなジグソーパズルが完成するというもの。なんとそこに描かれていたのはマイケル・ジャクソンはじめとした「ジャクソン・ファイブ」で、たばこの銘柄とキャッチコピーが登場するというものだった。あまりに衝撃的で、それでいて未成年の街ということで、たばこの銘柄をそのまま出さずちょっとひねったネーミングでロゴデザインだけがその商品をイメージさせるものになっていたと思う。ただ、真夜中に看板にピースをはめ込む作業は重労働だったと記憶する(笑)。

とにかくファッションショーやダンスショー、さらにはCMやプロモーションビデオ作り等においてもマイケル・ジャクソンには影響されるところが多かったと言える。ここ数年は世の中にゴシップ・ネタばかりを提供し、様々な裁判沙汰を巻き起こし、もはや悪いイメージばかりが先行していたが、これでマイケルは伝説のトップスターのままに多くの人々の心に生き続けることだろう。やはり、惜しまれて亡くなるうちが花である。あのマイケル爺さんは、どこまで長寿なんや、また整形しよった、と言われないだけ救われたのじゃないだろうか?まずはご冥福を祈る・・・!
●参考資料:産経新聞6月26日(金)夕刊・1面記事より抜粋。

2009年6月24日 (水)

太宰治の生誕100年に寄せて

066 太宰治の『人間失格』はプランナーとして生きる切っ掛けとなった一冊だ。自分の心底に、いつも太宰文学が存在し、どこか冷めながら、また苦悩しながら自己を見つめている!
とにかく太宰治は、中・高・大学と電車通学の合間に彼の小説を読みふけっていた記憶しかないほどに、今も書棚をひっくり返せば太宰の本が何冊も出てくる。特に小説そのものの書籍は今はあまり見当たらず、どちらかと言うと人間・太宰治研究に関するものばかりで、彼の生い立ちから小説家としての生きざま、さらには何度かの心中事件を起こし、最後に39歳の誕生日の数日前に玉川上水に彼のファンだった一人の女性(山崎富栄:28歳)と入水自殺を図るのである。それ以後、太宰治の誕生日であり、入水心中した遺体の発見された日を「桜桃忌」と称し、東京・三鷹の禅林寺において「太宰治を偲ぶ会」が開かれている。この忌日の名は作品の「桜桃」からとられたもので、もっとも太宰のイメージに合っている。

人生において物書き、プランナーもコピーライターもさしずめ物を書いて生計を立てる意味では同じなんだが、作家や詩人とちーとばかり違うのは、依頼者(クライアント)の意向が大きく反映され、自分の思いを100%出すことが許されない点である。どちらかというと物書きというよりもモノのけに憑依されるように、その商品やサービスそのものの声を代弁し、また霊媒師の如く依頼主の思いを言葉や文章、ビジュアル、チャートにて表現するもので、それを購入する消費者個々において何通り、いや消費者の数だけの物語を想定し、描く作業が要求されるのである。確かに小説も詩も、書き手のイメージや思いもあるが、読み手によってはそのイメージががらりと変わることもあり得るのである。最近の若者のようにアニメやマンガ、さらには携帯小説などの次世代文学に触れてきた世代にとっては活字だけの小説や詩からは、また違った空想に発展しかねないだろう。それはそれで文学そのものが古典化していくわけで、100年前に生まれた太宰の文学も、最後の連載小説の「グッド・バイ」からすでに60年以上も経過しており、その時代錯誤を感じることもしばしばある。但し、他の同時期の作家連中に比べると確かに太宰の小説は読みやすく、現代にあっても文章的に古く感じないもので、それが太宰文学の魅力と言えば魅力だろう・・・。

学生時代に幾つかの目標を定めた「社長(経営者)」「詩人」「映画屋」「広告屋」、その部分では一通り仕事で関わったというか、経験することが叶ったと言えるだろう。別段、そのことで成功するとか、また名を馳せるという目標でもなく、とにかく関わってみたいというのが率直なところであり、今回の人生ではそっと触れるだけで良いと思っていた。どれもこれも奥が深く、特にプランナーという戦術・戦略を立てる軍師の如く生き続けることを考えれば、三度生まれ変わっても王道の奥義に辿りつけるかすらも分からないのである。どれだけの大金を稼ごうが、どれだけの名声を得ようが、そして成功だと言われようが何を基準にそのように決まるものかも分からないのである。全ては自己の中にある魂(タマ)の持ちようであり、その満たされた感情の起伏にあると思っている。

そして人生の節目として25年おきに名前を変えるという我が家のしきたりに合わせてもいるが、それはまさに式年遷宮の如く、自分を生まれ変わらせる方法でもあり、何事にも実績だけで満足するのではなく、一旦積み上げた経歴を名前と共にリセットすることを強いられるならわしでもある。つまり今は生まれた時の名前(本名)と二度目につけた名前、さらに三度目の名前と、よくもここまで生きてきたものである。この25年おきに訪れる改名のしきたり以外に、私には25、30、38という年齢のハードルが存在していた。それが立原道造、中原中也、そして太宰治の享年である。ご承知の通り立原道造は将来を有望されていた建築家であり詩人で25歳の若さで病没している。また中原中也も同じく詩人であり、太宰治とは同時期を生き、その出会いの機会もあったようだが水と油のように太宰とは衝突ばかりしていたようだ。そんな中也も長男・文也の死に接して精神を病み、最後は心身をすり減らし結核性脳膜炎を患って30歳で没した。そして太宰治が39歳の誕生日を目前にして、6月13日の夜半、山崎富栄と玉川上水に入水、同19日、死体が発見されたわけだ。つまり私が文学的に影響された3人の詩人・作家の享年を人生の節目として通過し、いまは彼らがたどり着けなかった年齢を重ね、まだどっこい生きているというのである。

とくに太宰治の子どもの頃からの生い立ちや思想的なものの考えがとても共感でき、どこかで影響されていたと言えるだろう。子どもの頃の我が家は太宰の実家ほどの大金持ちでも地域の名家でもなかったが、何不自由なく大学まで出してもらい、中小の工場経営にて僅かな従業員を雇っていた父は、何かと地域や学校の役員などもしていた。逆に母はその分、工場に毎日借り出され、朝から晩まで、また休日も働いていた姿しか思い出せない。そんな中、小説『人間失格』に描かれた太宰の子ども時代のように、道化を演じていたである。

●「授業時間に漫画など書き、休憩時間には、それをクラスの者たちに説明して聞かせて、笑はせて」(『人間失格』)いたし、得意の綴り方にもこっけい話ばかりを書いて、教師から注意されることが多くなっていた。そして家に帰ってからも、いろいろなおどりを演じていた。真夏に赤い毛糸のセーターを着てみたり、使用人たちを洋間に集めて、下男にピアノを弾かせ、でたらめなインディアン踊りを踊ったりして、人々の笑いを誘っていた。そのころのかれは「お道化に依って家族を笑わせ、また、家族よりも、もっと不可解でおそろしい下男や下女にまで、必死のお道化のサーヴィスを」(『人間失格』)していたのである。

●道化によってかれが、もはや、自分の正体を完全に隠し得たのではあるまいか、と、ほっとした矢先に恐ろしいことが起こった。白痴に近い同級生のひとりが、かれの道化を見抜いてしまったのである。ある日の体操の時間のことである。
「自分たちは鉄棒の練習をさせられてゐました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいと叫んで飛び、そのまま幅跳びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果たして皆の大笑ひになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払ってゐると、いつそこへ来てゐたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でかう聞きました。「ワザ。ワザ。」(『人間失格』)
かれが「ワザ」と失敗したということを、白痴に近い同級生は直感的に見破ったのである。そのことばを聞いたかれは、「世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上がるのを眼前に」見たような気がし、「わぁっ・・・」と叫んで発狂しそうになる気配を必至の力で押さえていた。「それからの日々の、自分の不安と恐怖。」かれはただ人間が恐ろしく、悲しい道化を演じては、皆を笑わせ続けていた。


まさに太宰治の『人間失格』に描かれる“かれ”とダブるような幼少期を私も過ごしていたのである。同じ体験をした「ワザ。ワザ。」の気付かれないと思っていた道化(誰にも悟られずに笑いを取る計画)が、もっとも気づきにくいクラスの人物に気づかれた時は、まさにこの小説のように真っ逆さまに落ちて行ったという経験もした。しかし、私は、そんなクラスの中で休んでいても、また出席していても気付かれない者たちが、逆に人を笑わせることを始めればどんなに面白いかに気づき、中学校2年の時に、落語同好会を創り、人を発掘し、プロデュースすることの面白さを知ったのである。同学年の各クラス、さらには下級の各クラスに存在感がまったくないおとなしい連中をスカウトし、彼らに落語を教え、また漫才コンビを結成させ、そして新喜劇や手品、声帯模写などの芸を磨かせたのである。この落語同好会は、中学卒業と共に学校を飛び出し、地域の祭りや集会、他の高校や大学の文化祭からも呼ばれるほどに少しばかり有名で、陽気な集団と化していた。

よくよく考えれば、この太宰治の『人間失格』を読み、竹一のような気付かれないはずの道化に気付く連中を自分の仲間に引き入れるというとんでもない行動に出たというのが、今考えると本当のところと言えるだろう。そんな彼らの両親からも「うちの子が明るくなった」「積極的になんでも言える子になった」と褒められ、喜ばれてもいたが、実際には「ワザ。ワザ。」と言われる連中を事前に抑え込んだに過ぎないのである。お陰で、今も彼らを発掘し、プロデュースした面白さを得たことが今の仕事につながっている。プランナーとしてのそのとっかかりは太宰の『人間失格』だったというものである。また近々、太宰作品をじっくり読みなおしてみたいと思う今日この頃である・・・。
◎参考資料:『太宰治』(福田清人・板垣信著/清水書院)から抜粋。

2009年6月18日 (木)

廃墟に居座る大仏から人生を考える!

20090529011110_02_400_2 人も建造物も耐久年数を考えて、無理に延命すれば同世代の仲間が誰もいなくなり、ただただズウタイのデカイ体を横たえたまま“廃墟化”するのが目に見えている。リタイアした段階で近代産業遺産として崇められるうちが花、その先は廃墟としての無惨が見えている!
今年も早6ヶ月が過ぎようという時期に来た。折り返し点が目の前に迫り、企画作業もそろそろ提案(ファーストアプローチ)段階から、第1、第2準備期(基本計画⇒実施計画)へと進む段階にある。最近は、特にライフワークとしての参画を求められるケースが多く、中長期で進める事業をプランニング及びアドバイスを求められることが増えている。企業におけるプロモーションやマーケティングの場合は、そんなに長いスパンで物事を捉える事も企画立案することも少なかったが、最近は複合的に産・官・学連携、地域との協働、さらには事業予算をスポンサー取りにて確保するのではなく、国や自治体の助成金や交付金をあてにするところも多く、企画書とはいうものの司法書士なみの申請書、計算書を作成依頼されるケースも増えつつある。

そんなに「私は長生きはしない」と言うのだが、どうも仕事によってはライフワークとして参画し、長々とお付き合いいただきたいとも言われ、困惑するものである。現代人は、それでなくても寿命を延ばし続け、すでに終わらせなければいけなかった人生を延長、延長し続けて、身体や脳はすでに老化、また死んでいるのに生き続けている高齢者があまりにも多すぎる。一昨年・昨年と入退院を繰り返した中で、入院病棟における高齢者たちの苦悩と苦痛を見て感じたところでもある。長生きすることは一向に構わないが、意味もなく存在しつづけることが果たして本人にも、世間様にも利点があるのだろうかと思える。まさに近代化遺産というリタイア後の余暇生活を通り過ぎ、いつのまにか廃墟化した状態で生き続けているようにも思える。日本人の心情にマッチする桜の花のように、厳しい冬を越えて年に一度切りの開花の美しさ、そして開花と共に数日で枯れて散る潔さ・・・これが人生そのもののように思われていた。しかし、今は医学の進歩により、何度も花を咲かせ、枯れても枯れても、また甦らせながら何度も春を迎えるというおぞましい程の生への貪欲さが見て取れる。

私は、ある日突然、発想がひらめかなくなり、また頭の中に企画書(預言書)そのものが降りてこなくなった時点で速やかに引退、それも人生そのものを引退することを考えている。企画とはまさに人生そのものを賭け、その潔さが企画に反映されなければならないのである。“無から有を生み出す”という創造を毎回行うのだから、禊を持って“ピュア”な心身で取り組まなければならず、時には時空を自由に駆け巡る空中ブランコや綱渡り等の“サーカス”の如く命がけで挑まなければならない。万一大病を患ったとしても、その病に神経が行き過ぎるために脳の大部分が占拠され企画づくりに支障をきたせば、それはもはやプランナーではあり得ない。リセットすべき時期を迎えていると思える。30、40代の時点で私は「すでに晩年を迎えている」と豪語していたが、どうもまだまだ業界も、この世も残すべき企画書(預言書)を私に創り出すように促すのである。もはや7000本もの企画書(提案書・台本・マニュアル等も含め)を書いたというのに、まだまだ私の師の如く、人生後半の中で長い長いラストスパートを描けというのである。

20代・30代は睡眠時間は1日3時間程で、2つの会社を行き来し、また独立後はビジネス二毛作と称して夕方に一旦帰宅し、仮眠・食事の後、最終電車で出社して朝昼・そして真夜中の二度の10時間労働×2回を繰り返してもいた。無茶苦茶な労働時間、過酷な心身への不健康さがあったと言わざるを得ない。この仕事が好きというよりも、これしか自分にはないという職種であり、ただ黙々と今回の人生は企画道を歩もうと決めたのである。また表には姿を現さず、裏側にて闇の仕事人のように歩こうと誓ったのである。どうも最近は、表舞台に引きずり出されるケースが増えており、実際のところは困惑しつづけているのが正直なところである。もともと戦略・諜報・謀略を駆使し、気付かれないままに世の中に注目される広告戦略(プロモーション、マーケティング領域)は、忍者の如く水面下で進めるべきところだけに、日頃から街の人ごみの中に隠れて、普通の凡人の、中肉中背の、どう見ても平凡な中年であるべきと考えている。まさに猫の如く、1日の大半を動かずに眠り続け、ここと言う獲物を見つけた時は高く跳びあがって、瞬発力のある闘争意欲を見せられるように、日々、悟られずに居続ければと念じているのだが・・・。

話はいつものように脱線転覆まがいに無駄口をたたいたが・・・まさに80歳・90歳でもヒヨコ扱いのご時世ながら、長く生きればいいといものでもなく、生きたままに用途のない“廃墟”になる怖さを知るべきだろう。特に私のような小柄な者はいいが、最近、電車内で見かける190㎝以上の長身の老人は、かっぷくのある体格とスラリと伸びた長い足を折りたたみ、6人掛けの長椅子の2人分以上を占拠する姿を見るたびに、この人を介護する家族や介護士は大変だろうなと思うのである。入院中の病院でも2m近い85歳の男性患者がいたが、寝返りを打たせパジャマを着替えさせるだけでも数名の看護師があたふたとし、きっと家では家族ももてあますほどの介護苦があったと思えたのである。過去のブログにも「日本人の死に時」について書いているが、どうも最近は欧米人並の大柄な人々が多くいるようで、その身の置き場や廃人化した際の医療・介護もよくよく考えておく必要があるだろう。

さてさて人間の廃墟を取り上げてはみたが、やはり近代産業遺産の“廃墟”はたまらなく面白い。ここに「北海道ウォーカー5/26発売号に掲載の記事から紹介しよう・・・
20090529011109_01_400 ●雨ニモマケズ・・・ “廃墟に鎮座する大仏”を発見!
奈良や鎌倉など、全国に有名な大仏は数あれど、北海道・室蘭市にある大仏はかなり異彩を放っている。大仏様がいるのは、なんと、廃墟ビルの屋上!で、白鳥湾展望台(室蘭市崎守町)の横にある、旧ドライブイン「大仏亭」の屋上から、行き交う車を見下ろすように鎮座しているのだ。

20090529011110_03_400 この「大仏亭」、今は廃墟となっているドライブインなのだが、ウワサによると、オーナーさんが「大物のあるドライブインを建てるべし」という神のお告げ(?)をいただいて建造(建立?)したのだとか。残念ながら店は閉店してしまったが、鉄製の大仏様は、今日も潮風に耐えながら、ひたすら座禅を組み続けているというわけ。しかも、この大仏以外にも、建物の周囲には、日蓮大聖人像や子授観音菩薩像などの仏像が点在し、さながら“宗教テーマパーク”のようになっているからますます驚きだ。

道のカーブに差し掛かると突然現れる「廃墟の大仏」。そのシュールさは、一見の価値あり。ちなみに、このスポットは廃墟となっているので、敷地内の立ち入りは禁止。もちろん無料で見られるので、ドライブがてら、“珍百景”を楽しんでみては? 行き方は、JR室蘭駅より、道道699号、国道37号を伊達市方面へ。車で15分だ。
★出典資料:『北海道ウォーカー』5/26発売号からの記事と写真掲載。


いくらETCが1,000円のご時世と言えども、北海道まで出かけることもできないが、仕事が室蘭市であれば一度見てみたい廃墟物件であることに変わりはない。“珍百景”とは言うもののやはり仏像をそのまま放置するのもどうかと思うが、この仏像を作った企業・作者のただ高額に製作費を稼いだから、その依頼主の店舗が潰れた先は知らないという了見はどうか、と思ってしまう。また「神のお告げがあった」とこれらの産物を造っておきながら、仏を放置してトンずらとはあまりに無責任きわまりない。それは神のお告げではなく、きっと魔物のお告げだったのだろう。とにかく、地道に謙虚に生きるのが一番だと、風雪にさらされてさびついた大仏を思って人生を感じるのである。まさにわび(侘びしい)・さび(錆)を感じずにはおられない。
(*本家本元の奈良の大仏のある地元住民より)

2009年6月 9日 (火)

変哲もない日々に怪奇な事件はご馳走である!

Otama11_4 ついに企画疲れで刺激が御馳走になった。天からオタマジャクシが降ってくるのも悪くないが・・・知り合いの芸術家によるモノを喰うモノたちの巻物にはおそれいった!
不謹慎ながら、昔からテレビのニュース速報がたまらなく気になり、それも予期せぬ大事件なら好奇心旺盛にその後のニュース速報をどこかで期待してしまう。確かに事件に遭われた被害者は必ずいるのだが、それよりも事件そのものの現象や規模なり、原因そのものが気になるのである。確かにニュース速報は、痛ましい大事件に限らず、ある自治体の知事選で誰が当選したとか、また地震が発生して震度3や2、1の地域は何処だったかなどと出るたびに、別なる大事件を期待している自分に気付くのである。ツンツツーツンツツーと、あのニュース速報の音が聞こえるだけで条件反射的に期待してしまうのは不謹慎とも言えるが、プランナーという仕事柄、ニュースには敏感な一種の職業病と言える。
まったくニュース速報にもならないが、いたってこれらのニュースの方が面白く、また興味がある領域にて、最近目にとまったニュースを紹介しよう・・・

●怪奇・・・空からオタマジャクシ降ってきた!?
空から降ってくるのは雨やひょうばかりとはかぎらない。石川県が今月に入ってオタマジャクシが空から降ってくるという“怪事件”に揺れていることが6月7日、明らかになった。一般に魚などが空から降ってくる現象は「竜巻」が原因とされることが多いが、当時周辺で竜巻は観測されておらず、発生しやすい気象状況でもなかった。天変地異の前触れか・・・そのナゾは深まるばかりだ。

この「超常現象」が発生したのは今月4日と6日。4日は午後4時半ごろ、石川県七尾市中島町の「中島市民センター」周辺の約300平方メートルにわたって体長2-3センチのオタマジャクシ約100匹が突然降ってきた(オタマ確率100%!?)。
6日は同県白山市徳丸町で午前7時すぎ、駐車場のボンネットや路上でつぶれているのを住民らが見つけた。「近所の人に言われて外に出てみると、自宅の車のボンネットに5-6匹がつぶれてくっついていた」と同町の住民が証言。

さらに周辺の民家や駐車場などでも計約30匹が確認され、大きさは七尾市と同様2-3センチ。5日の午後8時ごろ、石川さんの家族が帰宅した際には変わった様子はなかった。つぶれた形状からいたずらに投げつけられたとは考えられないという。2件とも付近に田んぼが点在するが、オタマジャクシがどこから来たのかは不明だ。

実は世界各地で魚やカエル、クラゲ等が降ってきたという記録が残っているが、一般的に竜巻が原因とされる。竜巻が水上を移動するときにルートにある物を巻き上げ、その後雨と一緒に落ちてくるのだ。

ところが金沢地方気象台に確認すると、石川県内は4日夕も、5日夜から6日朝にかけても「大気の状態は安定していて竜巻が発生する状況ではなかった」。先出の住民が「夜中にドカンという音がしたと家族はいっていたが、雨や風などはなかった」と話していることなどから、気象台が観測できない小規模な竜巻が発生した可能性も低い。

同気象台職員も「過去に同様な例は聞いたことがない。原因も分からないですね」と首をかしげるばかり。この時期、石川県の話題と言えばご当地出身の米大リーグ、ヤンキース・松井秀樹外野手(34歳)の話題一色だが、巨大ゴジラも、いまは小さなオタマジャクシの前には歯が立たない!?ゴジラの里がまさにオタマジャックだ。

・・・以上は、産経新聞(6月8日13時28分のYAHOO!ニュースでの配信分から引用)

という怪奇な事件であり、なぜこの事件がニュース速報で流れないかが疑問でもあるが、天気予報で「明日は晴れのち、ところにより激しいオタマジャクシが降りますので、傘をかならずお持ち下さい」と言うほどにオタマジャクシが空から降ってくるわけでもないので、絶対に私の感覚では臨時ニュースとすべきところだろう。摩訶不思議な今回の事件の解明は、考えれば考えるほど馬鹿げた発想が頭に浮かび楽しい限りである。FBI警察による難事件を解決した超能力者や、テレビでお馴染みの霊能力者達の声も聞きたいところだが、勝手な推理をさせていただくと次のような答えが生まれてくる。

(1)雲の上の雷様が食べようと下界から集めた食料の中、オタマジャクシにはへそがなかったために、怒って下界に投げつけたのが今回の事件。
(2)にわか雨が降ったのだが、その水滴が落ちてくる間に陽気な神様の悪戯にてオタマジャクシになったのでは・・・確かにオタマジャクシの形状は雨粒に似ている。
(3)活躍する大リーガーの松井秀喜のようになりたいと、悪ガキがボールの中にオタマジャクシを入れてバットで打ったら、その勢いでボールが壊れて中身が飛び出した。オタマジャクシは自分たちで、いずれ手が出て足が出て一人前の野球選手への願いからである。
(4)結構、本気で思うのが妖怪の仕業である。石川には妖怪「かわうそ」というのが伝承されており、そのかわうそが妖怪の住処を荒らすために人間たちを懲らしめようと、妖術で川や田畑で集めたオタマジャクシを空から降らせた。

これでも真剣に考えていますが、何か?・・・。ではもっと現実的に考えてみましょう。ズバリ!(5)渡り鳥の仕業ではないか。コウノトリや、丹頂つる、鴨などが、長旅の弁当がわりに自分の口や喉あたりに貯め込んだ獲物のオタマジャクシを、飛んでいる時に突風にあおられてギャーと叫ぶと同時に口から飛び出し、落下したからではないだろうか。石川県のこのあたりは結構、渡り鳥の通り道と思えるがいかがだろうか。宮崎駿のジブリ映画『魔女の宅急便』でも空を飛ぶ鴨が急な突風で煽られ、魔女の卵「キキ」もお預かり物の黒猫のぬいぐるみを落としたのをお忘れか?・・・どちらにしろメルヘンチックな回答で申し訳ない。企画三昧な日々の忙殺された中で、どうも頭にオタマジャクシが落ちたようなへんな感じをしながら、ブログを書いていたらろくな発想にならないのである。

052_2 ところで、そんな企画立案に明け暮れ、まさに忍者の如く様々な諸国(自治体)の地域活性化がらみの諜報・戦略を繰り返していたら、お世話になる京都造形芸術大学の関本先生から1本の巻物が郵便で届いた。これをもってもっと忍術修行に励めとのことか、はたまた摩訶不思議なる世直し事業に取り組めと言うのか、とうてい凡人では考えも及ばない得体の知れない巻物である。恐る恐る、その巻物の正体を紐解くと『関本徹生・八十八体のモノ喰うモノたち』とあり、達筆なる筆遣いで巻物の謂われや心に響く言葉の羅列、なによりも絵巻物として描かれたモノを喰うモノたちが天から降るオタマジャクシどころでもない衝撃である。では、巻物の巻頭に描かれた文面をここで少しだけ紹介しよう(あまり紹介すると虎の巻そのもののパワーが萎えるだろうから)。

人間が作り出した土に還らないモノたちに対する
反逆者として、疎外されている現世のモノたち、
理不尽な境遇に置かれた幾百千万のモノたち、
さらには作り捨てられたアート作品の救済のために、
平成の「モノノケ」たちの姿を製作。
森羅万象、全てのモノに神が宿るという考えが
命を大事にし、モノを大事にする。
そしてそれが環境問題を考慮した
循環型社会の構築も可能となるはず。
「いただきます」は命をいただくのを感謝せよであり、
「モノを大事にせよ」はつくも神を、命を大事にせよである。
先人たちが持っていた考え方が忘れさられている。
日本人が元気持っていた生命感覚の根源性こそが、重要である。
日本人の源流(感性)を思い起こせ!

●巻物『関本徹生 八十八体のモノ喰うモノたち』より

053_2 どうだ、この御伽草紙を超越し、また神代の時代を呼び起こす日本人の心に響く言葉、そして「観たままに全てを感じろと!」と絵巻物そのものが曼荼羅を思わせる関本徹生ワールドがどんどんと、使用時の長さを限定された我が家のトイレットペーパーよりもはるかに長く、また役立ち、運が付きそうな虎の巻である。本当に、ほんとうにこの場を借りて御礼申し上げます・・・関本先生へ。これで少し活力が湧いてきました。ニンニンと口にくわえて九字法を描きますれば、オタマジャクシもウーパールーパーに変わる勢いが生まれます。では拙者はこれにて…ドロン!?

2009年6月 2日 (火)

国立マンガセンターに117億円もの大金を投入!

200pxchouju_sumou_2 お台場に延べ床面積1万平方メートルの4-5階の新設美術館を建てるぐらいなら、使われていない工場や倉庫、ホテルなど近代産業遺産を使ってリフォームした方が地域振興となって喜ばれ、予算も軽減するだろう!
息つく暇もなく貧乏暇なしな企画生活が続く。まさにひぐらしが鳴くように、アイディアを頭から絞り出し、長年の勘と情報の臭覚を頼りに企画書が紡がれていく。気がつけば4月のイベント三昧な日々が終わったら続いて5月は企画会議と立案の連続で、無精ひげを生やしながら事務所にこもり、コックピットの如く自分の体の周り四方に備えたつけられた4台ものコンピューターを相手に乱れ打ちの連続である。昔見た映画のチャップリンの『モダンタイムス』の如く、オートメーションで流れる製品の部品を組み込む作業で、気を抜くとすぐに商品が手の届かない場所まで流れ、その際にチャップリンはベルトコンベヤで流れながら作業を続け、仕舞いには食事すらもその流れ作業の手を止めずに、フォークシンガーがギターを演奏しつつハーモニカを演奏する器具をつけていたように、チャップリンは手を自由にした形でトーモロコシを食べていた。まぁ、そこまでひどくはないが、自分の発想のベルトコンベヤは次々と企画に入れるべきアイディアを流すものの、それを取り逃がし、また大量に流れてくるのを捉えきれず、限られたキーボードを叩く速さや、それに反応するコンピューターの速度に苛立ちながら企画作業を続けているのである。

そんな企画三昧の暮らしの中、朝から晩まで様々な案件のアイディアを紡いでいれば、このブログを書こうなどと思う余裕すらもなく、ましてや何らかのテーマを決めて書こうとスタートしたもので、余計に二、三行のコメントで済まそうなどとは思いもせず、自分でルールを作り、自分でやり遂げなければ気が済まない性分ならば、このようにブログを書く間隔があいてしまうものである。確かに、一昨年末から数ヶ月、また昨年の春先から数ヶ月と、このブログにあってまったく更新が取られていない時期がある。それは入院というブログを書こうとも書けない状況にあったからで、今回の更新がないことを「また入院したんだろう!」と思われはしないかと、心配ではあるが、ご心配は御無用。このように企画作業に追われているのである。まさにそこは厨房の料理人であり、お客の注文が届くと同時に冷蔵庫に貯蔵されている材料を集め出し、スパイスを効かしながら調理に没頭し、気がついた頃には自分の腹が減っており、そのあたりにある食材で賄い料理を作って食べるもので、私にとってこのブログはその賄い料理のような意味を持っているのかも知れない。自分の食欲を満足させるための賄い料理のようにブログもまた自由に、捉えたいテーマをもとに喜怒哀楽にて書き綴っているのである。まぁ、このブログではところどころ本音も書いているので、まずまず続いているのである・・・。

さて本題に話を戻すが、歳出総額が過去最大の13兆9256億円となる2009年度の補正予算が5月29日に成立した。そのバラマキ批判が飛び交う中、その象徴的と言えるのが麻生太郎首相の肝入りで117億円もの建設費が計上された「国立メディア芸術総合センター」(仮称)である。同センターは、アニメや漫画、映画などの作品を展示する新設美術館で、建設候補地は東京・お台場。文化庁の有識者検討会がまとめた構想では、延べ床面積約1万平方メートルの4-5階建てとなる見込みで、平成11年度の完成を目指しているそうだ。これだけの多額の予算が付いたのは、最新の週刊コミック誌を秘書にまで買いに走らせている「漫画好き」として知られる麻生首相の影響が大きいとのこと。別に首相の肝入りとは思わないが、こんな景気悪化で、高齢者すらも行き場がなく、インターネットカフェ難民になっている現状下で、117億円の建設費はどうかと思えるだろう。

民主党の鳩山由紀夫代表も先の党首討論で「総理がアニメ好きなのはわかるが、そんなにお金を使う必要があるのか」と批判し、夕刊フジの記事では女性漫画家(牧村しのぶさん)も「漫画家も読者も日々の生活が苦しい中、ハコモノと天下りが残るなんて最低のギャグです」とやり玉に挙げている。「長引く不況で、漫画家は原稿料を引き下げられ、仕事が急激になくなっている。無理な徹夜仕事で体を壊したり、自殺した人もいる。一方、読者の手紙を読むと、経済的に苦しくて新刊が買えず、中古の漫画を買っている人も多い。首相や政府はこうした現状を知って、117億円も税金をかけてセンターを建設しようというのか」と漫画家は注文を付けている。

確かに117億円もの大金ならばもっと使い道があるだろうし、あえて国立マンガセンターを造らずとも別なる用途があると言えるだろう・・・。例えば、日本の漫画やアニメは海外、特にアジア圏での海賊版による被害額も大きく、インターネット活用に伴う無断配信も後を絶たず、そのような違法行為から日本の知的権利を守る対策費として使うべきだろう。また、京阪奈の「私のしごと館」を見ても分かるように莫大なる予算をかけ、天下りだの過剰スタッフの運営体制など、国民の血税をなんとも思わず使い倒すその無神経ぶりが腹立たしい。それに比べ民間主導で進められた「キッザニア」の成功はどうだろう。企業のイメージ訴求と潜在的顧客の青田買い効果を考えた取り組みにて、コストパフォーマンスについても申し分なく成功している例と言えるだろう。

あえて「国立マンガセンター」を作らなくても、BOOK OFFに行けば膨大な漫画本に出会うだろうし、またTUTAYAに行けば旧新のビデオがごまんと品揃えされ、たしかに批判する女性漫画家が言うように「交通費を払ってお台場まで漫画や映画を見に行く人はいないだろう」というのは同感である。それに漫画喫茶やビデオカフェ、インターネットカフェなど漫画やアニメを読み、観る環境は整っており、東京・秋葉原や大阪の日本橋などの漫画・アニメオタクなどの聖域もあるのに、国立の漫画喫茶など本当に足を運ぶかはビミョウである。

300pxsigisanengi_tobikura そんな立派な「国立マンガセンター」であれば、我国における漫画の起源とも言われる平安期の「信貴山縁起」「伴大納言絵詞」「鳥獣戯画」等の絵巻物の傑作を置けばいいのだが。出光美術館が管理する「伴大納言絵詞」は、昭和57年に福井県の小浜藩主の子孫から32億円で譲り受けたもので、それと同額、それ以上の「信貴山縁起」や「鳥獣戯画」を揃えた段階できっと117億円はかかってしまうことだろう。とにかく117億円もかけず、117円を置く・・・との気持ちで漫画「国立マンガセンター」を描く方が笑えるかもしれない。また、117億円もかけるならジブリ映画の次回作に出資し、宮崎駿監督によるヒット映画を作ってもらい、その印税で儲けた方が日本の漫画・アニメの復興にも役立つだろう。とにかく絵に書いた餅にような意味のない税金の使い方だけは、もうやるべき時代ではない。

昨日のGMの破綻でもわかるように、確実に昨年末の世界金融危機からの不況の蟻地獄はまだまだ底なしに進んでおり、世界のトップを走った自動車大国・アメリカの倒壊を意味する。残ったのは日本、ドイツ、イタリアの自動車であり、よくよく考えれば第2次大戦で連合軍に敗れた三国同盟が、自動車業界においてひとまず勝利した形になっているのが漫画チックで面白い。しかし、この先はどう進むのかは本当のところ分からないだろう。特に新興国(インド、中国)の自動車が内需拡大を見越して売り上げを伸ばす計画にあるようで、劇画タッチに市場争奪戦がはじまっている。こんなところにこそ、国際競争で対抗できるように国も117(いいな)、117(いいな)と漫画美術館に意味のない金を注がず、国のハンドルを切り誤らないようにすべきだろう・・・。