“もったいない”から“もう何もない”の時代へ
BOOK OFFで買った金百円也の本『もったいない』は、このブログを書くだけに読まれて「もったいない!」と言えるだろうか・・・。
かなり今年の夏は暑いが、クーラーをかけずに極力暮らすようにしている。その分、シャワーを何度か浴びて、涼しさを感じていたら意味がないような・・・。少々、分厚い肉襦袢を着ているとそれを脱ぐこともできず、夏までにもう少し痩せておけばよかったと後悔の念でいっぱい。寒いのはいくらでも服を重ね着して温かくすることができるが、暑い場合は裸になってもまだ暑さを感じるもので、その体の後ろ(背中)にあるジッパーを降ろして、人間着ぐるみを脱ぎ棄て、その中にある骸骨で過ごしたいほどの暑さには敵いません。
“もったいない”と言われようが、クーラーをガンガンかけて、何台かの扇風機をグルグルと回し、これでもかと言うぐらいに北極のアイスキャンディーの各種類にかぶりつき、映画『南極物語』等の清涼を感じるDVDをどんどん見て、昼食には外食に出かけるのが億劫にて、流しそうめんの如く、50メートル先の中華料理屋の屋上から私の部屋まで冷麺を竹の筒で流してもらえれば極楽なのだが・・・と幻覚に似た妄想が立て続けに頭をよぎる。
これって何の生産性も意味も持たないならば確実に“もったいない”と言われるのだろう。“もったいない(勿体無い)”とは、仏教用語の「物体(もったい)」を不定する語で、物の本来あるべき姿がなくなるのを惜しみ、嘆く気持ちをあらわしている。日本の民族信仰である古神道を源流とする神道においては「散る桜の花びら」や「吐息の一つ一つ」にまで命が宿るとされ、森羅万象に対して、慈しみや感謝の念をもって接してきた。その心根が「もったいない」という価値観の根底に流れている。もともと「不都合である」、「かたじけない」などの意味で使用されていたが、現在では一般的に「物の価値を十分に生かしきれておらず無駄になっている」状態やそのような状態にしてしまう行為を戒める意味で使用される日本語の単語である。
かなり難しい文面になってしまったが、これも“もったいぶって”書いたに過ぎず、その文章に意味も内容も無ければ、まさにこれを書いた時間、また読まれたあなたの時間までもが“もったいない”ということである(笑)。子どもの頃から何ら気にせずに“もったいない”と親やまわりの者に言われ、また自らも苦労して作り上げたものや買ったものが意味をもたなければ“あーぁ、もったいない”と嘆き、とてもくよくよしてしまったものである。この“もたいない”をカラオケ、マンガ、スシ、エキデン、オタク等の日本語と同じように世界共通の言葉として使われているようだ。
これを全世界に広めたのがケニア出身の環境保護活動家であるワンガリ・マータイさん(写真の人物)である。環境分野で初めてノーベル平和賞を受賞した人物でもある。2005年2月に京都議定書関連行事のため、毎日新聞の招聘により日本を訪問し、その時に初めて同社編集局長とのインタビューで“もったいない”という言葉を知ったのである。それ以後、彼女は自らが思いめぐらしていたものの、うってつけの言葉を得られずにいたその頃に、この“もったいない”に出会い、日本語のボキャブラリーの多様性と奥深さにあらためて感動したとのことである。かくしてマータイさんが行く先々で「MOTTAINAI」が紹介され、「MOTTAINAI・もったいない運動」が広がって言ったというのである。
2006年7月の滋賀県知事選挙に出馬した嘉田由紀子(元知事)は、巨額債務問題と無駄な公共工事の削減(特に粟東市に建設予定の東海道新幹線新駅建設凍結)を掲げて立候補、そのキャッチコピーとして「もったいない」を使用し、当選の後、現在も“もったいない県権”を継続して推進中である。確かに無駄をなくし、また意味のないことを許さず、ええ加減、だいたい、あいまい、とりあえず、概ね、按配、普通に、適当に、大目に見てよ、目をつぶって、見逃して、みんなやってるやん、なんで私だけが、ええやん、なんとか・・・などの中途半端によるものごとの捉え方に警鐘を鳴らしたと言える。確かに日本はこの曖昧さが人と人との付き合いには微妙な間となり、相手を気遣い、潤滑油の如く衝突を無くすものではあるが、国や地方行政において昨今の財政難であれば「とりあえず」は通らないのである。
ここからは、ノーベル平和賞受賞のワンガリー・マータイさんの「MOTTAINAI」の『3Rイニシアチブ閣僚会合』での挨拶文より彼女の捉える「MOTTAINAI」を紹会しよう・・・
●初めて日本語の「もったいない」の意味を知った時、世界へのメッセージとして大事な言葉だと直感しました。私はまず、もったいないの精神的なルーツにとても惹かれました。そして、長年、環境問題に取り組むなかで掲げてきた合事葉「3つのR」(リデュース・リユース・リサイクル)を、たった一言で言い表しているのが素晴らしいと思いました。私たちが住む地球は破壊に追い込む深刻な脅威を減らすには、資源の無駄遣いをなくし、使えるものは再利用し、そしてそうでないものはリサイクルするしかありません。
さて「3つのR」は実用的であり、先見性にたけたビジョンなのです。つまり、これは政府や企業にあてはまるだけでなく、また一方で、皆さんの地元や都道府県だけに限られるものでもありません。誰もが対象であり、私たち一人ひとりの生活のあらゆる面にあてはまるものです。「私になにができるの」と聞かれたら、私はいつも、「人間一人ひとりに変化を起こす力があるのよ!」と答えます。「3つのR」こそが、将来の世代へとつなぐ健康的できれいな世界をつくることに不可欠なのです。
「3つのR」を実行すると、ほかにもいいことがあります。例えばケニアでは、リサイクル可能な運搬用のバスケットへの需要が、新たな市場をつくり出します。そしてこのバスケットが正当な価格で取引された時、何千人もの人びとの暮らしを支えることができるのです。これは一つの例ですが、女性への恩恵は大きいのです。
私は、30年近く前、ケニアで7本の木を植えました。これがグリーンベルト運動のきっかけとなりました。その後、多くの女性(男性もいます)がケニア国じゅうに3000万本以上の木を植えてきました。そしてこの経験をアフリカの他の国とも分かち合っています。植林を通して、多くの人々が生活の糧を得ました。木は彼らに燃料を与え、食糧を与え、そして彼らの土地を侵食から守り、時として少ないながら生活費の足しとなっています。
これらの活動を通して私たちがわかった大切なことは、市民が力を持たなくてはいけない、ということです。私たちや子どもの望む生活を実現するために、環境を保護し、復旧活動に参加して欲しいのです。他人がどうにかしてくれるのを待っていてはいけません。
・・・以上、3Rイニシアチブ閣僚会合より
このようにマータイさんは、自分が唱えるところの3R(消費削減=リデュース、再使用=リユース、再生利用=リサイクル)や尊敬=リスペクトを一言で表す言葉を探していた際に、この「MOTTAINAI」に出会ったのである。確かに彼女の唱える環境問題に取り組む中で掲げて来た合言葉「3つのR」に適応した言葉ではあるが、日本人が古代より捉える森羅万象における畏れやもののあわれについての精神的意味を持つもので、海外にて一人歩きした日本語の勝手な解釈だけはしてほしくないのも事実である。スシやウドン、ニンジャ、サムライなども、うわべだけで捉えられているケースも多く、その根底に流れる精神世界、精神文化そのものも理解せずに、ただ日本らしいスシであればいい、またアクションばりのスパイや魔法使でのニンジャなど、とにかく日本ブームとしてコピーしようという考え方では本当の日本文化を知り得ないだろう。
日本人は森羅万象そのものを擬人化し、道具や、一般に人格が認められることのない家畜・動植物・自然等に、神霊が宿り意志を持つといった価値観があり、戯画や漫画などの擬人化の一環として考えられ、現に妖怪の唐笠などは目・鼻・口・手足を持って描かれ、猫又などの動物の妖怪も存在する。つまりは付喪神(つくもがみ/または九十九神とも書く)が“もったいない=勿体無い”と関わりをもっているのである。人工の器物(道具)や建造物の他、動植物や自然の山河などに及ぶ。つくもがみは、必ずしも人に幸をもたらすとは限らず、禍をもたらすものであり、妖怪として語られることも多く、そしてつくもがみも同様に、作られて誕生して長い時間を経て、健在でありつづけた器物や生き物などには、霊魂が宿るとして「畏怖や畏敬の念を抱く」といった習慣・価値観は、日本に普遍的に存在するものである。そのために、針供養、ふぐ供養、または包丁塚、人形塚などもあるわけだ。まだ霊魂があるのにそれを壊し、また消失することで勿体(物)がなくなることを勿体無いというのである。
但し、現在は「もったいない」というイエローカード的言葉ではすまされない時期にきていると考える。資源の乏しい我国にあって、確実に地球規模で汚染され、エネルギー資源を掘り尽くす利権争いの国々が衝突や圧力をかける中、“もったいない、もったいない”というのではまだまだ屁温いように思える。もはや“もう何もない”と言うべき時期なんじゃないだろうか。何もないから我慢をしろではなく、日本人のものづくりの底力を信じ、創造性豊かに新たな資源を創り出す必要がある時期と言える。だから“もったいない”ではなく、“もう何もない”というレッドカードを出す時期にあるだろう。まだまだ、資源が備蓄しているし、金さえ出せば買えるだろうし、国(政府)や世界各国が何とかしてくれる・・・などと平和ボケな考え方は無くすべきで、“もう何もない”と言い切る時期が既に始まっているのも確かだ!
●参考資料:書籍『もったいない』(プラネット・リンク編/マガジンハウス)、フリー百科事典「ウィキペディア」より抜粋。























